ホーチミン

2018/4/28

 今朝は早めに行動を開始する。
何度も泣かされ続けてきたラオ・エアーラインに今日も搭乗しなければならないから
旅行損害保険[off」の航空機遅延手続きはビエンチャンのホテルの領収書は従業員をたたき起こして飛びさしてきてもらっていないしタクシー代金も運転手と価格でもめて領収書はもらっていない。
合わせても5000円にも満たないので遅延手続き書はまだ だれも社員の来ていない空港に乗り合いタクシー(三輪車)で着いてあきらめることにした。
(たぶんあっちこっちと連れまわされて私の英語力ではラオ英語でまくしたてられてると頭の中が真っ白けになると思うし・・・)

 パクセー・インターナショナル空港は国際空港にもかかわらずターミナルは小さくてチェックイン・カウンターも小さなのが4つあるだけである。
イミグレーションもインターナショナルは1つだけで荷物検査機も1台だけ待合室は2つだけで国内線も国際線もさばけるというより1日に飛行機が何機離着陸するのかな~とのどかで南国の太陽が照り付けるローカル色豊かな私にはいい感じの空港である。
 また今度乗る機体もプロペラの双発機だ。
この機体でごっちゃ返しのタンソニット国際空港に飛ぶのだ。
 今回の旅で初めて機内食が出たといってもサンドイッチとケーキだけだが感激である。
あんなに私にとっては悪い印象の航空会社がこのサンドイッチをほうばったとたんにラオ・エアーラインいけるじゃん!と変わってしまう私って単純だわ

 私にとってのタンソニアン空港はベトナム戦争で米軍と家族がその取り巻き連中が脱出した空港として思い出深い。
その影にはベトナムの庶民が必死で米軍の飛行機にしがみついて振り落とされていた空港としての印象だ。
何人もが小舟で脱出し海の藻屑と消えた。
私の友人にベトナムから船で脱出しイギリスに逃れた夫妻の子供がいる。
つらい脱出だったらしいと彼女は語っていた。

 ラオスのパクセーからくるとホーチミンは都会です。大都会です。
1万円をドンに両替しました。
1泊だけで明日はバンコックに飛ぶのに5千円で十分と思ったのですがおつりがないといわれて仕方なく。
タクシーセンターで2200000ドン(たぶん1千円ぐらいかな~ドンの数字の桁が恐ろしい)前回ベトナムを訪ねた時に泊まったエリアのデタムに向かいます。
デタムは新宿の歌舞伎町のような感じで一本裏側の道は迷路のような怪しい雰囲気を兼ね備えたエリアです。
外国人のたまり場で昼間からビール片手にうつろな目つきで外に出されたテーブルにヨーロッパ人がたまっていたりするそんな街です。
スーは私よりベトナムに来ているはずなのにデタムは来ていないというので又ここのエリアに1泊だけだが泊まることにしたのです。
ツアー旅行では危険なエリアなのかな~とは思う私も
ここからホーチミン最大の街の観光スポットのベンタン市場は歩いて10分かからないのでホーチミンを知るには危険だがよいエリアとも私は思う。

 今日のお昼ご飯はベンタン市場の食堂で生春巻きとベトナムうどんのフーをいただく。
ベトナムといえばこの2つが食の代表だもの初めにフーありきということで
帰り際に公園にテント村が出没している。
デタムのTNK?だったかしら日本人旅行社の社員に聞くと「4月30日公園」(この公園があっているかは?)というのだそうだ。
ちょっと昼寝をしてから・・・・夜の探索の途中でテント村に出かけるとすごい人であふれかえっている。
中に入ると串焼きからたこ焼きからジュースやからトルコのおやじがアイスクリームまで派手な演技で売っている。
寿司屋まであるのには驚いた!
ここでの一番はスペアリブ焼き!串焼きもタイガービールとともに流し込む。
私はさらにカキの磯焼と小さなホタテの子供の磯辺焼きを6個もペロリ
大満足なりのホーチミンの夜でした。
スーにデタムの裏通りも案内して今日は終わりだ!
そして明日の夜はバンコックです。
いよいよ旅の終わりが始まった!



のどかなり パクセー・インターナショナル国際空港


ペンタン市場にやってきた。


ペンタン市場にて生春巻き ピーナッツ・ソースをつけて誠にうまし


ベトナムといえば「フー」 大変おいしゅうございました。


デタム通り公園にテント村が出現  4月30日こうえんという名前だそうだ


昼も夜も大変な賑わい


リブを焼いて タイガービールで流し込んで 隣の串焼きもペロリと 最高の夜

明日は12時にホテルをチェックアウトし空港に向かって15時のエアー・アジアでバンコックに飛びます。
いよいよ旅の終わりが始まる。

旅の終わりが