イポーは飯がうまい!人も優しい!

2019/1/13

 マレーシアのイポーはマレーシアで3番目に大きな街らしい。
一番はクワランプールで2番がJB(ジョホールバル)で次にイポーらしいが駅前には強大なビル群がひしめいているわけではないし田舎の町の印象だったが私の泊まるホテルDイースタンの周りは大きな屋台街が待ち構えているし食堂も多くこのエリアは楽しさあふれる場所だ。
特にイポーの街で街角の「はやりの食堂」はいろいろな個人商店が入っていてどれを食べたらいいか目移りする。
シンガポールのホーカーズ的な色合いの店が私好みだ。
一番は「モヤシ」がうまいらしい。
マレーシアもイギリス領だったから多国籍な一面を持っていてこの町でもインドスタイル、アラブスタイル、チャイナスタイルをシェイカーでかき混ぜたような模様である。
ここはスズの鉱山で栄えたらしくイギリスは多くの労働者を支配地からかき集めて採掘したと思うのでさもありなんという感じだ。
マレーシアのへそ的な地であり鉱山もあったのでここから各地に道路が伸び人も集まり大きくなったのだろう。

 朝からぐずぐずしている。
ホテルから100m歩けば何でもそろいそうな申し分のない立地なのに目覚め早いのにベットの中でうたたねを繰り返している。
昨日は4時起きでシンガポールから国境を越えて列車でここまで来たのだから疲れもあるのだと自分にいい聞かせていた。
8時に顔も洗わないで外に出て何軒も入っている食堂で飯を食いホテルに戻ってうたた寝を繰り返す。
そんなことをしているうちにせっかくイポーに来たのだからとホテルの従業員にたずねると洞窟のお寺がよいのではというので出かけることにした。
外に出ると少し離れたところにやっる気のなさそうなタクシーがドアを開いて涼んでいた。
声をかけるとまだ若いアラブ系の運転手だった。
交渉し寺巡りで35リンギット(約1000円)で成立したので出発する。
この運転手は話し好きでよくわからん英語でしゃべくりまわって私に同意を求めてくるがその意味が半分もわからん私はあいまいな返事を繰り返したいたが何となく言いたいことはわかり始めてきた。
彼のいいたいことはこの町は中国人の街になってしまったということのようで彼は初めは私を中国人だと思っていたようだが日本人だとわかると途端にそのことをいいだした。
山の話や洞窟の話や王の話や金持ち街だとか貧乏街だとか意味は半分もわからないがなぜか旅をしているという実感がわいてきて楽しい。
ゆっくり回ってくれて40リンギットといっても1100円もしないがチップも含めて渡して別れた。
 食堂の人たちも変な外人を温かく迎えてくれるし奥からビールも出してくれるしこの町は旅人にやさしい。
(イスラム教徒の国なので町の食堂では酒は置いていないのですがちゃんと抜け道があるのです)



同じ食堂でもここはチキン屋


ここでは麺


この麺は150円なり


ここはチキンライス専門店


チキンライスの小とモヤシ小
このチキン屋は大いににぎわっていた。
特にチキンは柔らかくうまい。


行列の店


豆腐料理だった。蜜をかけて甘くて口の中でとろけて おいしゅうございます 80円しないかな?


街から5Km以上はあったと思う。 サムポー寺


岩の下にご本尊が祭られている。


観音様だと思うがお顔が男顔に見えて


次に向かった洞窟寺はクワランプールのバトー洞窟(ヒンズー教)の小さくした仏寺
中国人が作ったと運転手はいっていた。


中国がここにある感じかな?


食堂の中の個人商店のご主人と奥さん
ご主人はサラリーマンから転職したのかしら?
クレープに具を入れて巻物にした料理を二人で作り上げたのだろう。
奥さんは上品でまわりの店員さんとは雰囲気が違う。
この夫婦はどんな人生を送ってきたのだろう。
巻物のクレープを食べながら二人の人生を想像している。
マレーシアにも「人生の楽園」があるのかもしれない。
と考えているうちに肝心の巻物クレープの写真を撮り忘れた。
具にかんぴょうのような物や詰め物が数種類入っていて人気があり二人でてんてこ舞いの忙しさだった。
幸せをつかめたのかな〜

 明日はペナン島に渡ります。
2019/1/14に続く